遠隔レッスン始めました

ビデオ通話による遠隔レッスン始めました。

FaceTime Skype LINE

いずれかの環境を使います。

クラスは、60分コースのみ

内容は、リフレッシュ、トレーニング、ヒーリング、セラピーなどご希望に応じてプログラムを作ります。

眼瞼下垂症予防、ほうれい線予防などの顔エクササイズも取り入れ可能です。

基本的に、過去に私どものクラス受講経験者の方にお勧めします。

新規の方は、事前のお打ち合わせが必要となります。

お申込みは、ご希望の日時をご連絡ください。折り返しご連絡いたします。

料金 1回 60分 ¥3,000

お支払い方法は、

銀行振込 前納とせていただきます。

[お取引銀行]

住信SBIネット銀行

みずほ銀行

三井住友銀行

三菱UFJ銀行

ゆうちょ銀行

お申込みの際にご希望の金融機関をお伝えください。振込先口座をお伝えいたします。

恐れ入りますが、振り込み手数料はご負担くださいませ。

お申込みは

yoga_smrti@yahoo.co.jp

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目力よ、永遠に!

この頃目力がなくなってる。。。
眉毛と目の距離が広がってる。。。
目を開けようとすると、おデコが動いて瞼は動かない。。。
夕方になると目の奥が痛い。。。
目が、小ちゃくなってる気がする。。。

これは、眼瞼下垂?
由々しき事態です。

眼瞼下垂の手術は保険がきく場合があります。
お医者さんに行って今の状態を診察してもらいました。

 

確かに、その兆候はある。
しかし、保険適用にはほど遠い。
眼瞼下垂の手術をすると、人によってはいずれまた下がって来ることがある。

とのことでした。

 

https://yogasmrti.com/life-style-1336

 

過去にこんな記事書いたのに、
一瞬でも安易な道を選ぼうとしてしまった、、、。

さて、心を入れ替えて、上眼瞼挙筋の筋トレを開始しました!

すごい!
効きます!

眠っていた筋肉が起きた感触です!
ちゃんと使ってなかったの???
疎遠にしてしまっていたのでしょうか?

https://yogasmrti.com/yoga-540

ヨーガでの筋トレをしているという自負から慢心していたように思います。

まだ若くて眼瞼下垂など遠い先のお話という方も、
上眼瞼挙筋のトレーニングは、目をパッチリさせる効果があると思います。

 

アイソメトリックスは、すごい威力だと改めて実感したことです。
身体は全体で働いています。
ですから、上眼瞼挙筋のトレーニングに加えて、
頭皮のマッサージ、リンパの流れを良くするなどで全体的リフトアップ
保持する筋肉、ハリのある皮膚の原材料を供給するという
物理的・化学的両面からの対処が効果を上げると思います。

そして、意識化。

1mmの変化に違和感を覚えるか、5mmの変化で危機を感じるか、1cmの変化まで手を打たないのか。
体重も同じですよね。
500gの増減を感じられる人もいるし、気が付いたら10kg太っていたという人もいます。

早いほうがいいに決まって入るけれど、明日より今日、気が付いた時に始める!
健康寿命、青春寿命を永く楽しんでいきたいと思いませんか?

 

 

実がなりました

スタジオ入り口のジューンベリー
真っ赤な実がなっています。

Juneにはもっと黒紫に熟した実になります。

このごろ、汗ばむような日もありますね。

季節は初夏から夏へ向かっているようですね。

 

 

春らんまん

スタジオビル入口のジューンベリーが咲き始めました。

 

 

満開までにはもうちょっとかな?

 

 

 

 

 

 

ジューンブライドを思わせるように可憐です。

 

 

皆さんにとって春はどんな季節ですか?
暖かくなって新しい年度が始まるワクワクする季節?

私の名前・弥生(やよい・いやおい)は、漢字を読み下すと「いよいよういういし」となって、
ますます草木が茂るという意味になります。

ところが、私自身は毎年春を迎えると、ワクワク感より不安感がわき上がります。
何かトラウマがあるのかも知れません。
自分で原因は思い当たらないのだけれども、深層心理に潜んでいるのかも、と。。。。。

 

ですが、、、
お外は春爛漫!
お散歩に出かけませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私的悟り5:猫を見送りました

私の死生観の変遷を綴って来ました私的悟りです。

見送る側の気持ち。
それを深く考えさせられることがありました。

 

私自身の死後は
お墓はいらない→鳥葬に憧れる(火葬は嫌だ)→土葬もいいかなと思う→火葬でもいいかと思うようになる→散骨よりもゼロ葬にしてほしい
という20代頃からの「希望」の変遷でした。

ゼロ葬ということは遺灰は他の人の分と一緒に処分されるわけで、それでいいと思っていました。
しかし、葬儀・埋葬は亡くなった本人ではなく遺族の意向が大きく反映されます。
遺言を残していても、見送る側の思いは重いです。
それを、深く感じました。

 

先月、15歳の猫が逝ってしまいました。
生まれたてのまだ目の開いていない赤ちゃん猫を保護して、
ミルクを飲ませ、排泄させ、温めて、育てました。
私の一人暮らしの年月を共にして来た猫でした。

突然死でした。
その日の朝は、いつもと変わりなく1mくらいのジャンプを軽々とこなして、
何も変わったところなど見られませんでした。
夜、帰ると死んでいました。
口が開き、目を見開いて、死後硬直が始まっていました。

 

どんな形で見送くることが可能か、検索しました。
合同での火葬、個別での火葬、お寺での供養、公営火葬、などなどいろいろ出て来ます。

そんな中で、私は自分の猫を合同火葬にはできませんでした。
個別の火葬、遺骨の引き取り、それしか考えられませんでした。
自分はお墓はいらない。
散骨、またはゼロ葬がいい、と思っているのに、猫を合同火葬にできなかったこだわり。
本当に、全く未熟者です。
こんな状況での自分のゼロ葬希望は、達観でも悟りでもなく、
単なる「わがまま」に過ぎない、と思い知らされました。

 

保冷剤で冷やして見送る時間を遅くするか、
抱っこして寝て早く火葬するか、ちょっと迷って、
抱っこして寝る方を選び翌日午前中の火葬を申し込みました。

 

翌朝、私の頭の中で目覚まし時計のように曲が聞こえて目が覚めました。
QueenのI was born to love youが、はっきりと聞こえて、
腕の中の猫は、目も口も閉じて穏やかな顔になっていました。

 

 

 

 

 

この子は、喘息持ちで発作が起きると息が独特の匂いになります。
お骨になって戻って来た時、その息の匂いがフワーッと漂いました。
私は思わず手に取った骨壷をくんくん嗅いでしまいましたが、臭うはずもなく、
一瞬包まれた匂いはかき消されたように消えていました。

 

保護した時に獣医さんから、
「この子はかなり大きな猫になるよ」と言われたにも関わらず、
そして黒猫ではなくハチワレなのにも関わらず、
大好きなミストフェリーズから、フェリーズと名付けました。

ミストフェリーズとはほど遠く、
むしろバストファージョーンズ並みの肥満猫に育ってしまいました。
出会った時には、卵2個分くらいの大きさだったのに。

 

 

 

 

 

 

マジシャン猫にはなれなかったけど、「ヨガ猫だね」って言っていただいたことあります。

 

 

まだまだ泣けてしょうがないけど、フェリーズ、ありがと!

 

 

 

入り口、されど最難関:アヒムサー(非暴力)

ヨーガ修行の第一段階ヤーマ(禁戒)の第一項目がアヒムサー(非暴力)です。

これは、アーサナ(ポーズ)、プラーナヤーマ(呼吸法)、瞑想よりも前提となる修行の一つです。
このアヒムサーはヨーガを行じる人がベジタリアンであることの根拠の一つでもあります。(他にも根拠は多々あります)

パタンジャリのヨーガ・スートラでは、
「非暴力の戒律が確立すれば、ヨーガ行者の面前では、全ての生き物は、その敵意を捨てる」(Ⅱ-35)
とあります。

しかしこれが、とんでもなく難しいことです。

聖師ヴィヤーサのスートラ解説においても
「およそこの世の中においては、暴力なしに人は何一つ楽しみをうることはでいないし、または、何かある行為をすることもできない」(Ⅱ-34)と述べられています。
そして、このアヒムサーの戒律を守り抜くことが解脱への道に不可欠であるとということが
ヤージュニャヴァルキヤ・サンヒーターにもマヌの法典にも述べられているそうです。
これを身・口・意にわたって守らねばなりません。

スワミ・ヨーゲシュヴァラナンダ師はこれを達成された行者です。
HIMARAYA KA YOGIを読んでいますと、
ジャングルで熊やトラと遭遇しても戯れ揶揄って楽しんでおられますし、
蛇も師とともにサマーディを過ごしていますし、
サソリも群れをなして師を刺すことはありません。

師の「実践 ヨーガ大全」のアヒムサーの解説の中に真のアヒムサーの実例が挙げられています。
中でも衝撃的なのが、

ある聖者が太ももに深い傷を負っていた。その患部におびただしい数の蛆虫がわいていた。
聖者は医師の治療を受けることなく、傷から蛆虫が落ちると拾い上げて傷に戻していた。
「もしも、ある人が家から追い出され、食料を奪われたら困るでしょう。
蛆虫とて同じです。彼らにとって私の傷が家であり、私の血と肉が食料なのです。
治療することは彼らにとって暴力です」
と言って、治るまで托鉢にも行かなかった。
やがて、全ての蛆虫が傷口から飛び立ち、彼の傷も癒えて行った。

というものです。

これが、行者レベルのアヒムサーなのですね。

全ての動物とは、当然人間を含みます。
ですから、殺されて亡くなった人はこの非暴力に徹していなかったと言わざるを得ない、と師はおっしゃっています。具体的にお名前が上がっていますが、とても申し上げられません。

ご興味のある方は、こちらをお読みください。

 

 

 

これを達成できる人は、現在の地球上に現存しないかもしれないと思います。
完全なアヒムサーが難しいのは、煩悩の一つアビニヴェシャ(死への恐怖)を克服し、ヴィヴィーカ(識別)、ヴァイラーギヤ(離欲)を達成しないと実現不可能だからでは?と思います。
ですから、入り口であり、目的地なのかもしれないとも思うのです。
そして、これが第一段階の第一項目であるヨーガ。
どれだけハードル高いの?と、改めて思うところです。

その叡智のほんのひと擦りでも触れられることのありがたさを改めて感じています。
頂上にはたどり着けなくても、その頂上を常に仰ぎ見て、そこに向かおうとする心を失わないことが大切なんだと思います。